COMPANY

会社紹介

沿革

昭和37年

9月

帯広ゴルフ場 設立発起人会
設立メンバー(中林重実・中島武市・山崎義平・荒井千秋・夷石勝・郷清吉・高木萬亀治)

12月

資本金3,500万円とする。株数350株と決定する
昭和38年第1回株主総会 初代取締役社長 中林重実

2月

カントリークラブ設立
初代理事長 山崎義平
文科委員会設立

6月

クラブハウス建設工事

9月

仮オープン(9ホール)、株主360株、株主数252名
入場者数1,069名、第1号会報発刊、仮ハンデー40名
昭和39年

8月

入場者数6,319名、正式ハンデー114名決定
昭和40年高松宮殿下御訪問、入場者数7,701名
昭和41年18ホール完成 PAR73
昭和45年入場者数1万人突破 10,766名
昭和47年OCCセンター練習場開設、同年全道オープン選手権大会会場となる
昭和48年取締役社長 荒井千秋就任
理事長 河西十二郎就任
電動カート35台購入
入場者数2万人突破
開場10周年記念式典記念大会
昭和49年理事長 高木萬亀治就任
OCCセンター練習場 8打席から16打席に増設する
昭和53年取締役社長 浅原英就任
入場者数22,887名、会員数1,140名(おはよう会員239名)
昭和55年理事長 浅野正治就任
株数1,980株、株主数1,094名、入場者数25,976名
昭和58年開場20周年記念ゴルフ大会
入場者数29,402名、会員数1,381名
昭和62年創立25周年開場記念ゴルフ大会
平成元年代表取締役社長 谷口新吉就任
理事長 荘田喜與志就任
入場者数33,304名
平成2年クラブハウス新築、会員券正会員募集、コース管理事務所倉庫移動、新設
エスカレーター延長工事自動化にする
平成3年コース改修特別委員会発足 PAR72(18thパー5からパー4に改修)、キャディ用乗用カート40台購入、会員数1,413名、入場者数36,108名
平成5年開場30周年記念ゴルフ大会
平成11年代表取締役社長 西岡正就任
9番、18番ホールグリーン用として夜間照明設置
平成14年開場40周年記念ゴルフ大会、40周年記念誌発刊
平成15年代表取締役社長 小澤良二就任
平成17年理事長 石原勉就任
ホームページ開設
平成18年6番、9番ホールグリーン改造
クラブハウス館内レイアウト変更
キャディー用及び乗用カート計18台更新
平成19年乗用カート2台増車
平成20年予約システム更新、メンバーカード発行
インターネット予約開始、乗用カート3台増車
平成21年代表取締役社長 讃岐武史就任
理事長 岩野洋一就任
乗用カート6台増車、薪ストーブ購入・設置
平成22年乗用3連グリーンモア購入、キャディーカート5台増車、植樹
平成23年クラブハウス館内LED照明化
乗用カート2台増車、乗用5連ラフ刈機購入
乗用3連ロータリーモア購入、植樹
平成24年9・16・17番ホール改修工事
乗用カート2台増車
平成25年開場50周年記念ゴルフ大会(春、秋2回開催)
50周年記念植樹、50周年記念誌発行
乗用カート2台増車
平成26年ゴルフ場管理システム更新、送迎用自動車更新
乗用カート2台増車、5連牽引ギャングモア更新
平成27年乗用カート3台増車
乗用5連フェアウェイ用リールモア購入
平成29年理事長 増田正二就任
令和2年13番カート道路舗装
令和3年17番カート道路舗装
令和4年5人乗りカート増車 8台
令和5年代表取締役社長 山田朝常就任
理事長 所紀夫就任
開場60周年記念ゴルフ大会(春夏秋3回開催)

役員名簿

株式会社帯広ゴルフ場

代表取締役山田 朝常
取締役副社長所 紀夫
常務取締役奥原 宏
常務取締役梶原 明宏
髙橋 勝坦
取締役小林 義幸
松山 陽一
高津 匡平
道場 琢也
金 一博
監査役富士道 昭憲
若原 敏広

帯広カントリークラブ

理事長所 紀夫
副理事長八木 智
キャプテン山田 朝常
相談役増田 正二
常務理事北原 俊雄
原田 照久
高橋 弘史
梶原 明宏
梶 貴博
宮下 豊
沢井 育雄
理事鎌田 敏雄道場 琢也石原 隆
小野寺 義勝三浦 光也西川 幹生
松山 一廣末永 悦治西藤 博行
谷口 和徳村上 哲也松原 宏樹
秋田 勝利宇佐見 泰隆大澤 眞澄
小原 幸雄鍵谷 興作日下 篤
松浦 浩喜高橋 将英江口 美生男
鹿嶋 彰金 京子渡部 浩美
粕谷 幸江柴崎 俊明
監事富士道 昭憲
若原 敏広

定款・細則・約款

株式会社帯広ゴルフ場

帯広カントリークラブ